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【医療・介護の新常識】ボディペイントがもたらす癒しとリハビリ効果|アートセラピー活用事例

【医療・介護の新常識】ボディペイントがもたらす癒しとリハビリ効果|アートセラピー活用事例

「ボディペイント」と聞くと、お祭りやイベントで若者が楽しむもの、というイメージが強いかもしれません。しかし今、そのカラフルな力が医療や介護の現場で静かな革命を起こしていることをご存知でしょうか?無機質になりがちな入院生活に彩りを与えたり、認知症の方とのコミュニケーションの糸口になったり、あるいはリハビリテーションの一環として機能回復を助けたり。肌に触れ、色を乗せるという行為には、単なる「お絵描き」を超えたセラピー効果(癒し)があることが、多くの現場で実証され始めています。この記事では、医療・介護の現場で実際に導入されているボディペイントの活用事例と、それが患者様や利用者様の心身にもたらす驚きのメリットについて、専門的な視点を交えながら深く掘り下げていきます。

なぜ今、ケアの現場で「ボディペイント」なのか?3つのセラピー効果

薬や手術だけが治療ではありません。心のケア(QOLの向上)が重要視される現代医療において、ボディペイントが注目されるには明確な医学的・心理的な理由があります。

1. 「タッチケア」によるオキシトシンの分泌

ボディペイントは、施術者が対象者の肌に直接触れる(あるいは筆越しに触れる)行為です。 背中や手に優しく触れられることで、脳内からは「幸せホルモン」と呼ばれるオキシトシンが分泌されます。これにより、痛みや不安が緩和され、心拍数が安定するリラックス効果が得られます。言葉でのコミュニケーションが難しい方にとっても、肌を通じた「温もりの対話」は、深い安心感につながるのです。

2. 五感を刺激し、脳を活性化する「回想法」

「何色が好きですか?」「昔、こんなお花が庭に咲いていましたね」 ペイント中に交わされる会話や、鮮やかな色彩を見る視覚刺激、絵の具の冷たい感触などは、高齢者の五感を強く刺激します。昔の記憶を呼び起こす「回想法」のきっかけにもなり、認知機能の維持や、意欲の向上(アパシーの改善)に役立つと期待されています。

3. 楽しみながら機能回復を目指す「作業療法」

自分で自分の腕に描く、あるいはステンシル(型)を押すという動作は、指先の巧緻性(器用さ)や集中力を必要とします。 辛くて単調になりがちなリハビリも、「綺麗になりたい」「孫に見せたい」という明確な目標があることで、楽しみながら取り組める能動的な活動に変わります。これが、作業療法(OT)としてのボディペイントの大きな強みです。

【介護現場】笑顔が生まれるレクリエーション活用事例

デイサービスや老人ホームなどの介護施設では、「化粧療法(メイクセラピー)」の延長としてボディペイントを取り入れるケースが増えています。

事例1:季節を感じる「ワンポイント・ネイル&ハンドペイント」

外出が難しい入居者様にとって、季節感を感じる機会は貴重です。 春には桜、夏には金魚、秋には紅葉などを手の甲や爪に描くことで、「もうすぐお花見の季節ね」と季節の話題で持ちきりになります。 実際に導入した施設からは、「普段は塞ぎ込みがちな方が、自分の手を見て嬉しそうに微笑むようになった」「スタッフとの会話量が増えた」という報告が寄せられています。顔へのメイクに抵抗がある方でも、手元なら受け入れやすいのもポイントです。

事例2:認知症の方との「非言語コミュニケーション」

重度の認知症で言葉が出にくい方に対し、セラピストが「気持ち良いですか?」「綺麗な色ですね」と語りかけながら、腕に優しいタッチでペイントを行います。 完成した絵を見せると、言葉にならなくても目が輝いたり、涙を流して喜ばれたりすることがあります。アートを通じて「自分は大切にされている」という実感を持ってもらうことが、BPSD(行動・心理症状)の安定にも寄与しています。

事例3:多世代交流イベントでの「孫とのペアペイント」

施設の夏祭りなどで、入居者様とお孫さん(または地域の子どもたち)が互いにペイントし合うイベントです。 「おばあちゃん、動かないでね」「くすぐったいねぇ」と笑い合う時間は、何よりのリハビリになります。子どもたちにとっても、高齢者と触れ合う貴重な機会となり、世代を超えた交流の架け橋として機能しています。

【医療現場】傷を愛し、前を向くためのメディカルアート

病院やクリニックでは、より深刻な悩みに対する「心のケア」として、ボディペイントや関連技術が活用されています。

手術痕や火傷の跡をカバーする「スカー・カモフラージュ」

事故や手術で体に大きな傷跡(スカー)が残り、温泉に行けない、半袖が着られないと悩む方は少なくありません。 そこで、肌色の塗料で傷を目立たなくしたり、あるいは傷跡を活かしたデザイン(傷を植物の茎に見立てて花を咲かせるなど)を描いたりすることで、コンプレックスを肯定的なものに変える試みが行われています。 「傷を隠す」のではなく「傷と共に生きる自信を持つ」ためのエンパワメントとして、非常に重要な役割を果たしています。

義手・義足を彩る「プロステティック・アート」

義手や義足は「隠すもの」という概念を覆し、ファッションとして楽しむ動きがあります。 義肢装具士とアーティストが連携し、義足に直接ペイントを施したり、着脱可能なペイントカバーを作成したりします。子どもたちにとっては、「かっこいいロボットの腕」になることで、障害受容の助けになることもあります。

小児科病棟での「勇気のペイント」

長期入院している子どもたちに対し、採血や点滴の頑張ったご褒美として、手に小さなキャラクターや勇者のマークを描く活動です。 「このマークがあるから注射も怖くない!」というお守りのような存在になり、痛みを伴う治療への恐怖心を和らげる効果があります。看護師さんが描くケースもあれば、ボランティアのアーティストが訪問することもあります。

導入する際の注意点と安全管理

医療・介護の現場でボディペイントを行う場合、一般のイベント以上に安全性への配慮が不可欠です。

1. 免疫力が低下している方への配慮

高齢者や治療中の方は、皮膚が薄く、バリア機能が低下していることが多いです。 必ず「医療用テープ」や「ドレッシング材」に使われるレベルの安全性を持った、低刺激の絵の具を使用してください。アルコール消毒で荒れてしまう方もいるため、使用する溶剤や拭き取りシートの成分にも細心の注意が必要です。

2. 「感染症対策」の徹底

筆やスポンジの使い回しは厳禁です。院内感染を防ぐため、道具は必ず「一人一本(使い捨て)」にするか、使用ごとに医療用レベルの滅菌処理を行う必要があります。 絵の具自体も、パレットに出したものは使い切りにし、容器に戻さないなどの管理が求められます。

3. 本人の意思決定を尊重する

良かれと思って提案しても、ご本人が望まない場合は無理強いしてはいけません。 認知症の方であっても、表情や拒絶の仕草をよく観察し、嫌がっている場合は直ちに中止します。あくまで「楽しみ」や「心地よさ」が目的であることを忘れてはいけません。

まとめ:色は、心に届く処方箋

医療や介護の現場におけるボディペイントは、単なる「遊び」ではありません。それは、失われかけた自信を取り戻し、閉ざされた心を開き、人と人とを繋ぐための「心の処方箋」です。

「今日、私の手には綺麗な花が咲いている」 たったそれだけのことで、辛いリハビリを頑張る力が湧いてきたり、ふと鏡を見た瞬間に生きる喜びを感じたりすることがあります。

もしあなたが医療・介護従事者の方なら、あるいはご家族のケアをされている方なら、日々のケアの中に少しだけ「色」を取り入れてみてはいかがでしょうか?その小さな彩りが、誰かの人生を明るく照らす大きな光になるかもしれません。

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